大きな声で独り言をつぶやいています。いろんなことに出会って、いろんなことを感じて・・・。


by norinorigami
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カテゴリ:心から・・・( 15 )

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今日は発見があった。
いつも話している人たち。
その人たちと向かい合った。
もちろん、今までも向かい合ってきた。
でも、今日は自分の心をさらけ出そうと決心した。


いつもはあまり反応がはっきりしない人たちの表情が今日は違った。
私は自分の思いを語る。
そして、自分の弱さも、こうしたいんだってことも洗いざらい語った。

その反応に響きがあった。
あぁ、こちらの覚悟の違いで、心の持ち方の違いで、こんなにも違ってくるものなのか。
ちょっと感動した。

そして、まず自分をどこからか別のところから見つめ、それを吐き出しながら、周りの人々から“反応”や“意見”という形でバックしてもらって、変えていく。
そこからやることが、自分の中の壁に風穴を開けることだと思った。
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by norinorigami | 2006-08-10 22:34 | 心から・・・
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昨日、お伝えしたとおり、頑張っております。パイナップル豆乳。
心なしかお通じがよくなったような気がします。うん、侮れない。
そして、これには持続力が必要。毎日飲み続けるのだ!
(一番それがむずかしいんだけれど)
でも、大丈夫。おいしいから頑張れそう。

そして、お通じつながりの思い出をひとつ。
私は、小さい頃、祖母の家に行った時に楽しみにしていたことがあった。
それは・・・・伯父の栄養剤(糖衣)をなめること。
糖衣なので、途中まではとっても甘い。
そっと、台所にあるビンから錠剤を取り出してはワクワクしてなめていた。
ちょっとでも苦くなったら吐き出していたので、きっとかなり迷惑をかけていたことだろう。

そんなに空腹だったわけではない。
でも、市販のお菓子をなかなか食べさせてもらっていなかった私は、変な甘さに憧れをもっていたのかもしれない。

そして、ある日コマーシャルで「ピンクの小粒・・・」例の便秘薬を見てしまった。
錠剤=甘い、しかもピンクだ。
見ているだけでドキドキする。あぁ、あれがほしい。

祖母なら買ってくれるかもしれない。言ってみた。
けれど、駄目だった。「テレビに手を突っ込んでごらん。取れるかもよ。わはは!」
てな感じで軽くあしらわれた・・・・らしい。(ちょっと詳しく覚えてない。)

それでも諦められない私は一か八か母に頼んでみることにする。
「あれを買って欲しい。」
物心つく前から妹が産まれ、あんまり我儘を言ってはいけないと、いつも大人しくしていた私が一生懸命お願いしたので、母はちょっと驚いたらしい。
それ以降のやりとりは覚えていないのだけれど、母が一緒に買いに行ってくれる事になった。

「あらぁ、お母さんとお買い物?いいねぇ。何を買ってもらうの?」
近所のおばさんが声をかけてくれる。
「あのね・・・・ちょっと、・・・・なんて買いたいっていうのよ。諦めないから・・・・そうしたら納得するかなと思って。」と母が話している。
おばさんが「それは大変だねぇ。」と笑ったのを覚えている。

その後のことはすっかり覚えていないのだけれど、きっとお菓子売り場のようなところに連れて行かれて売っていないんだ。ということを説明され、納得したのだろう。
それ以来、あれを欲しいと思ったことがない。

現在、そのときの母くらいの年齢になっている私。
今、子供がいて、どうしょうもない我儘を言われたら、どうするだろうか?
母のような対応が出来るだろうか?
力ずくではなく、納得をさせるということ。ちょっと難しい。
そして、ちょっと母を尊敬した。
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by norinorigami | 2006-07-25 21:02 | 心から・・・

思い出

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夕方のこと。職場のなかをウロウロしていた私は(ウロウロって言っても用事があったんですよ!)ふいに、小さい頃の記憶について考えてしまった。

割と記憶力がいいのか、2歳くらいからのちょっとした出来事を映像付きで覚えている。
だがしかし・・・・その時の感情が思い出せないことが多い。
(あぁ、私って、小さい頃何を感じてたんだろう。思い出せないなぁ。)
そう思いながらウロウロしている。

そうこうしている間に目的地に着き、そして目的を果たし、また自分の部署へ戻る途中、
一番昔の記憶で感情まで思い出せるのって何かを考えた。

すると、感情を思い出せる思い出の多くに登場するのが父方の祖母だった。
彼女は明治生まれの、根性の座った女性だ。
現在は、老人ホームのようなところに入っていて、うっかりすると私のことも忘れてしまう。

その彼女のと思い出の最初は、“おねしょ”。
私の母は、次女を出産する時に実家に帰らなかった。私の時もそうだったらしいのだが。
父の仕事が忙しかったことや、祖母が「私が面倒を見る!」と頑固でいたせいらしい。
まぁ、そんな訳で家から徒歩3分程のところで私たちは産まれた。
産む前や産んだ後は、小さい子供がいるっていう事は大変らしい。
私は、祖母の家に預けられた。
ちょっと前に読んだ本で、少年が小さい頃に祖父母に預けられたのがドモリの原因かも。
と書かれているようなところを読んだのだけれど、私はちっともそんな感じがなかった。
祖母の並外れたパワフルさのお陰だったかもしれない。

いつも祖母と一緒に寝ていた私は、必ずといっていいほど“おねしょ”をしてしまう。
小さいながらに(悪い事したなぁ・・・)と思った感情が蘇ってくる。
私がシュンとしていても、祖母は豪快にシーツを洗い干していく。
布団も干しながら「今日も大きな地図になったねぇ。」と楽しそうに笑う。
私も(本当だ。大きな地図みたいだな)とシュンとしたことを忘れてしまう。

今から思えば長男の嫁と同居していた祖母は嫁に遠慮して、自分で洗ってくれたのかもしれない。(ちょっと涙が出そうになる。)

ある時、父が仕事で行った田舎で“まむし”をもらってきた。蛇のまむしだ。
どうやってもらってきたのかというと、薄水色の一升瓶に焼酎漬にされていた。
薄水色なので中身が見える。(あぁ、怖い!なんでそんなもの置いておくんだろう?)
そうずーっと思っていたある日、祖母が突然家にやってきて、「まむしは焼いて粉々にして飲むと元気になる」と言い、当時我が家にあった、やかんのかけられるストーブの上で焼きだした。
母は「きゃー」と叫んだ。まるで生きているかのように蛇がうごめく。
やがて、真っ黒焦げになった蛇を祖母は灰のように砕き、自分も飲むからと持って帰った。
お陰で私は大の蛇嫌いになった。(うなぎを口にすると、蛇を食べてるような気がしてしまう。)

ある時は、小学校の宿題で戦争時代のことを聞いてきなさいというものがあり、祖母の家へ行き、その事を聞いてみると、いろんな話を聞かせてくれた。だけれど、途中途中口を濁す。
そして、気丈な祖母の目に涙が浮かんでいるのを見たとき、(あっ、聞いちゃいけないことを聞いたのかもしれない。本当に戦争って辛いんだ)と痛感した。

そんなこんなで、祖母とは仲良くしてもらっていたのだけれど、あまりの大胆さに当時本当に大人しくて、本ばかり読んでいた私はやられまくっていた。(今を知る方には信用していただけません)

もう、私もすっかり大きくなったある日のこと。祖母の家の台所に何故か日本地図が貼ってあり、祖母が自分の名前と所縁のある沖縄の小さな小さな島を指してこう言った。「こんな名前の島があるんだよ。おばあちゃん、行ってみたいなぁ。」
働き者で、旅行とかそういう贅沢は苦手な祖母がそう言った事に驚いた。
「いつか行こうね」と言ったまま今に至っている。

私のことも忘れてしまう祖母を思うと、あぁ、連れて行ってあげられたらなぁ。
と思い、もっと祖母孝行したいと、今更ながらしみじみと思う。
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by norinorigami | 2006-07-13 21:41 | 心から・・・

ともだち

これをどう表現したらいいんだろう。私は、今泣いている。哀しくてではない。
何だかどこからこの気持ちがわいてくるのかわからない。でも、たぶん、感動しているんだと思う。

昨日、いろいろ感じて、元気になったつもりだったけれど、ふとした時に昨日のことが蘇ってきていた。そして、時々ある“自分を嫌いになる”瞬間が何度かあった。心が曇っている感じ。

家に帰ってきたら、頼んでいたCDが届いていた。
Home (初回限定盤)(DVD付)
アンジェラ・アキ / ERJ
ISBN : B000F8O5MQ

ちょっと前にトップランナーで見て、きれいな顔しているのに(ハーフだから彫がふかい。)
気さくな関西系の言葉で熱く語るこの人に興味を持った。
歌も感動。聞いてみよう!ということで、早速ネットで検索し、購入。奮発してDVD付き。

それを見てみた。(音楽だからCDからにすればいいのにね。)
感動した。きれいだった。そして、強さ、優しさを感じる歌だった。
特に、This Loveという曲と心の戦士という曲がいいなと思った。
心が震えてなんだか泣きたくなった。
でも泣けなかった。涙は浮かんでくるけれど、落ちはしない。

一通り見終わって、いろんな方のブログをチェックした。
そうしたら、この間私がコメントした友人のブログに、別の方がコメントをしていた。
友人は悩んでいることを打ち明けていた。私は、ぱっと感じたこと考えたことをコメントしてしまっていたのに対し、別の方はじっくり考えて、それはそれは長文のコメントをしていた。
それを読んで、感動してその後落ち込んだ。比べる必要はないのだろうけれど、この方はすごい!!どうして、私はこうなんだろう・・・・。泣きそうになるが涙は出ない。

二人のやり取りに感動したことを素直にコメントした。

そしたら、早速コメントが返ってきていた。
そのコメントを読んだら、涙がポロポロ出てきた。
それは何故だか解らない。でも。心の中の汚いものを洗い流すかのように次から次からあふれてくる。

あぁ、こんな優しい人が友達なんて、私は幸せだな。
私もこんな優しい人になれたらいいな。
私らしくは忘れず。
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by norinorigami | 2006-06-16 23:26 | 心から・・・

ありがとう

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今日もだるいまま。薬効かないなぁ~
と思いつつ、根っからのテレビっ子の私はテレビをつけてボーっとする。

面白い番組をボーっと見てる私。ちょっと(かなり?)あほ面だろうな。

でも、目が覚めた。

フジテレビでめざましテレビのスペシャルをやっていたのだ。
私の朝のスケジュール的にいつも見ているのは“めざまし”後のとくダネ!だ。

私の大好きなDef Techがテーマソングを歌ってるらしいということは知っていたのだけど
そのテーマソングである「ありがとうの詩」を作るまでのドキュメントだった。

日本全国からありがとうの詩を募って歌を作るというプロジェクト。
その詩は全国から2305通来たらしい。
それを一つずつ読んでいた彼等は「本当に軽い気持ちでこれを読んだら大変なことになっちゃう」と真剣にライブなどの合間を使って読んでいく。

そしてその中で気になる手紙を書いた人に会いに行く。

一通目は鹿児島。高校の1つのクラスとその担任の先生。
実はそのクラスのムードメーカーが交通事故により亡くなってしまっていた。
そのクラスメートはDef Techが大好きな子だったそうだ。
元気を無くしてしまっているご両親や兄弟に彼への感謝も込めてアリガトを詩にこめたそうだ。

それをDef Techはみんなで家族の前で読みたい!と思ってやってきたという。

みんなで移動して彼の自宅へ。
お母さんは本当に喜んで遺影に向かって「Def Techさんだよ」と語りかけている。
Microも「はじめまして」と遺影に声をかける。

みんなが詩を読み始めた。
そこにはきっと彼が生きていればご両親、家族に向かって言いたかっただろう感謝の言葉だった。

それを聞いたお母さんは「息子から言われてるみたいに感じた」と言って泣いていた。

それを聞いていたMicroが「何もできなくて申し訳ないくらいです」と泣いた。
そしてクラスメートに向かって「最高の大人になってください。夢持ったすげぇ強い大人になってください」と泣きながら訴えた。

他にもあと2組会いに行く訳だけど、どこでもみんなのところに二人は飛び込んで行った。

そこで繰り広げられる「ありがとう」の言葉。
それを曲にしていく。実は鹿児島で彼等はすごい挫折を味わったらしい。
自分の無力さ。挑戦を打ち砕かれた感じ。でも一人の人間として鹿児島のご両親に何ができるか・・・必死で2305通分の思いを紡いでいく。

そのレコーディングは壮絶だった。真剣だった。何かを伝えようと必死だった。
そして、屋久島の縄文杉前での披露。

なんかすごい。

私は感動で涙、涙、涙・・・・

ありがとうっていつも簡単に言うけど、人にはそれぞれの大切な“ありがとう”がある。
私は本気で“ありがとう”を言えていたかな?
大切に大切にこの言葉を使っていきたいな。

番組の最後にshenが「ありがとうという言葉の深い意味をみんなが感じられたら少しずつかもしれないけれど世界は変わると思う」というようなことを言った。
本当にそうだと思う。
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by norinorigami | 2006-05-21 21:46 | 心から・・・