大きな声で独り言をつぶやいています。いろんなことに出会って、いろんなことを感じて・・・。


by norinorigami
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「ゆれる」にゆれる

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今日は久々に都会に出て、ずーっと見たかった「ゆれる」を観た。思った以上に人がぎっしりで、整理券をもらってやっと座れたのは、一番前の席だった。(でかい・・・この大画面に耐え切れるか?)と思ったのは予告編の時だけで、本編が始まるとそんなことがまったく気にならなくなるように映画の世界に入り込んでいった。

どうなるんだ?どうして?いろんなことを考えていたんだろうと思う。
けれど、出てくる人々の表情を追うのに必死になっていてそんなことしみじみ考えていられない。

すごかった。オダギリジョーも香川照之もその他の出演者達もそれぞれが研ぎ澄まされていた感じがした。それぞれの心の「ゆれ」が私にも伝わってきて、私もゆれた。

終わったあと、ボーっとした。でも入れ替え式なんで次のお客さんが待っている。
重い腰をあげて会場を出る。一緒に行った人といろいろ話してみる。
でも、私の中ではっきりしていないものが、口の中からゆらゆらと出て行くだけ。

その後、友人が個展をやっているという銀座へと足を伸ばす。
友人の絵は、抽象的だったけれど、キラキラと光っている部分やモヤモヤしているところがなんとなく心ひかれた。
試行錯誤の作業の中で、このキラキラを出す砂を見つけたという。

いつもは、ほんわかしている彼女。でも、その彼女に一つのことを突き詰める強さがあると知り、そしてそれをちゃんと形にできているのを目の当たりにして、人間の奥深さを何となく感じてしまった。

そして、帰りの電車の中、もう一度映画の世界に戻ってみようとパンフレットを開いてみる。
小さい小さいパンフレット。
何度も読みつつ、じわじわとこみ上げてくるものを感じていた。

そして、「一石を投じる」「波紋が広がる」という言葉が次々と出てきた。
その水面は石が一つ落ちるまでは何も無いおだやかなものだった。風が吹けば少しは乱れただろう、でもそれは同一方向にいく。
ところが石がそこに落ちることによって、水面は跳ね上がり、波紋は別々の方向へとどんどん広がっていく。現実的には丸くだけれど、どの方向へ広がるのかわからない。

石を投じることは、自分が何かをすることだとも思う。
そんなすごい影響を与えるとは思っていなくても、自分の知らないところでもその影響は少なからずあるのかもしれない。

他にもいろんなことを想像して、ハッとする。ここまで自分のイマジネーションを掻き立てられる映画に出会えたんだ。それを作った人が同世代の女性であることにちょっとやきもち的な気持ちを持ちつつ、反対にあこがれのような気持ちがあふれてきた。
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by norinorigami | 2006-08-05 21:39 | できごと